なぜ自治体HPには「詳細な仕様書」が必要なのか?

自治体における仕様書は、単なる制作依頼書ではなく、「公金を用いた事業の透明性と妥当性」を担保する基盤文書です。
公平・公正な入札のため
仕様書の内容が不明瞭な場合、制作会社は各々の解釈で積算(見積もり)を行うことになります。
例えば、A社は「対象ページ数を多めに想定」、B社は「CMS移行範囲を最小限に想定」といったように、各社の積算前提が異なれば、適正な比較審査は成立しません。
また、具体的に「検索機能」一つをとっても、以下の通り提案の幅は多岐にわたります。
- A社: サイト内検索(単純全文検索のみ)
- B社: 辞書・同義語対応、サジェスト、絞り込み等の高度な検索
- C社: AI検索およびFAQシステムとの自動連携
このように実装レベルの前提が乖離した状態では、価格の妥当性を評価することが困難です。詳細な仕様書によって共通の要件を提示し、土俵を揃えることは、公正な競争環境を整える上で極めて重要です。
「言った・言わない」を防ぐため
プロジェクトの進行に伴い、発注者と受注者の間で認識の相違が生じることがあります。仕様書の記述が不十分な場合、「業務範囲外(追加費用)」か「当初要件の範囲内」かを巡るトラブルに発展しかねません。
また、長期プロジェクトでは担当者の人事異動も想定されるため、以下の項目を明文化し、合意形成の証跡を残すことが不可欠です。
- 業務範囲: どこまでを制作会社の責任において実施するか
- 検収条件: 何を以て成果物の納品とするか
- 工程管理: 各フェーズの期限と決定事項の所在
公金を使う事業として、要件の明確化が必須
自治体の調達は住民の税金を原資とするため、要件の妥当性を客観的に説明できる状態が求められます。
仕様書は、監査や議会対応において、「なぜこの機能が必要で、何をもって成果とするか」を証明する公的な文書としての役割を担います。
公共インフラとしての品質担保
自治体ホームページは、全住民の情報アクセスを支える公共インフラといえます。ウェブアクセシビリティの確保や個人情報保護、脆弱性対策など、民間サイト以上の高い水準が求められます。
これらを仕様書に明記することで、法的・社会的な要求水準を確実に担保します。
仕様書に盛り込むべき「基本構成」5つの柱

仕様書を構成する際は、以下の5項目を軸に整理することで、制作会社から精度の高い見積もりと提案を得ることが可能になります。
| 柱(章立ての例) | 記載内容の例 |
|---|---|
| ①事業の概要 | 目的、背景、対象範囲、予算規模、スケジュール、納品物 等 |
| ②制作・機能要件 | 想定ページ数、サイト構成、CMS要否、スマホ対応(レスポンシブ)、検索、フォーム 等 |
| ③技術・セキュリティ要件 | サーバー環境(クラウド/オンプレミス)、SSL対応、バックアップ、ログ、LGWAN接続の有無、脆弱性対策 等 |
| ④アクセシビリティ要件 | JIS X 8341-3 適合レベルAAへの準拠、検証方法、例外事項の定義 |
| ⑤保守・運用要件 | サービスレベル合意(SLA)、障害対応体制、運用マニュアル、職員向け研修 |
【自治体特有】絶対に外せない重要ポイント

ここからは、民間サイトとは異なる、自治体ならではの「必須要件」を深掘りします。
ウェブアクセシビリティへの準拠(JIS X 8341-3)
自治体ホームページは高齢者・障がい者・外国籍の方など多様な利用者がアクセスします。そのため、多様な利用者が情報を取得できるよう、設計段階からの配慮が義務付けられています。
例として、次のような目標設定を明確に書くのが効果的です。
- 準拠対象(例:新規作成ページ/テンプレート/主要ページ群/全ページ など)
- 目標レベル(例:「適合レベルAA」を目標とする、など)
- 検証方法(例:試験実施主体、ツール、目視確認範囲、報告書提出の要否)
- 例外の扱い(外部提供のPDFや地図等、やむを得ない対象外の定義)
どこまで・どうやって担保するかまで記載することで、制作会社の提案・見積もりが現実的になります。
災害時・緊急時の対応機能
自治体ホームページは、災害発生・緊急時において、通常時を遥かに超えるアクセス集中が想定されます。
アクセス集中や、情報発信の即時性に備える要件は、仕様書に明確に入れておくべきです。
盛り込みたい内容
- アクセス集中時の負荷対策(CDN、キャッシュ、軽量版ページ切替など)
- トップページで緊急情報を即時掲出できる仕組み(固定枠・優先表示など)
- 緊急時の更新フロー(誰が・どの権限で・何分以内に公開できるか)
- 代替手段(SNS連携、RSS、メール配信等)との連動方針
自治体向けCMSの選定
自治体サイトの運用は、広報担当だけで完結しません。複数部署が更新し、内容の正確性を担保し、決裁を通して公開する必要があります。よってCMSには“自治体運用に耐える要件”を求めるべきです。
- 非専門職員でも更新できる操作性(WYSIWYGエディタ、ブロックエディタ、テンプレート化、入力補助)
- 部署ごとの権限管理(閲覧/編集/承認/公開の分離)
- 承認ワークフロー(多段階承認、差し戻し、履歴管理)
- 更新履歴・監査ログ(いつ誰が何を変更したか)
- 既存ページ移行の方針(手作業範囲、移行ツールの利用可否、品質担保)
失敗しない仕様書作成のステップ
いきなり書き始めるのではなく、以下の順序で情報を整理してから、作成することをおすすめします。
ステップ1:現状の課題を洗い出す
まず、現行ホームページの課題を客観的に整理します。担当課だけの感覚では偏るため、可能なら庁内アンケートやヒアリングを行い、具体的な改善ポイントを抽出します。
例
- どの部署が何ページを持っているか分からない
- 更新手順が属人化している
- スマホで申請ページが見づらい
- PDFが多く、情報が見つからない
ステップ2:他自治体の事例を調査する
同規模、あるいは先進的な取り組みを行う自治体の調達資料(仕様書、実施要領)を参照します。これにより、業界標準の要件や最新の技術トレンドを把握できます。
ステップ3:RFI(情報提供依頼)を活用する
仕様書を確定する前に、RFI(情報提供依頼)で複数の制作会社から情報提供を受けると、相場感や最新トレンド、現実的な要件の落とし所が掴みやすくなります。
ステップ4:仕様書の作成
ステップ1〜3で収集した情報を、法的な要件や技術的な整合性を持たせた「仕様書」として明文化します。
多大な工数を要するこのプロセスは、外部の専門家へ「仕様書作成代行」を依頼することも有効な手段です。
自治体Webサイトのリニューアルをお考えの担当者さまへ
制作会社から「質の高い提案」を引き出す仕様書のポイント

仕様書は、書き方次第で、集まる提案の“質”が大きく変わります。
「リニューアルの先のゴール」を共有する
「古くなったから新しくする」といった抽象的な理由ではなく、「オンライン申請率を◯%向上させる」「FAQの充実により問い合わせ電話を◯%削減する」といった具体的な目標を提示します。これにより、制作会社は課題解決に向けた戦略的な提案を行いやすくなります。
「責任分界点(役割分担)」を定義する
業務上のトラブルの多くは「役割分担の曖昧さ」に起因します。
例として、次のような線引きを仕様書に記載すると良いです。
- 原稿:自治体が用意/制作会社がリライト/制作会社が取材まで
- 画像:支給/撮影込み/フリー素材方針
- 移行:自動移行の範囲、手作業補正の範囲(アクセシビリティ改善含む)
- 試験:誰が・どこまで(JIS試験、脆弱性診断、負荷試験)
責任分界点が明確になるほど、提案の比較がしやすくなり、予算ミスマッチや追加費用の火種を減らせます。
「庁内決裁のフロー」をあらかじめ開示する
自治体特有の多段階決裁や、関係部局との調整期間をあらかじめ工程表の前提条件として提示します。制作会社が行政実務のサイクルを理解することで、現実的かつ遅滞のない工程管理案が提出されます。
- 決裁・承認の段階数(例:広報→関係課→幹部 など)
- 庁内レビューの頻度(例:月1定例、必要に応じて臨時)
- 重要会議・議会対応など、止まりやすい時期の共有
実際の仕様書の例
構成案にあるように、他自治体の仕様書は参考になります。
参考:
港区
港区の仕様書は、大規模自治体に求められる要件が余すところなく盛り込まれた、非常に網羅性の高い資料です。
【ポイント】
- アクセシビリティへの厳格な対応: JIS X 8341-3:2016への準拠方針が極めて詳細に規定されており、試験方法や対象範囲の定義が明確です。
- 強固な災害・緊急時対応: アクセス集中時の負荷分散(CDN)や、トップページの緊急用表示への切り替えなど、防災インフラとしての要件が具体化されています。
- 高度なCMS機能要件: 多段階承認、リンク切れ自動検知、マルチデバイス対応など、多部署での運用を想定した機能が精緻に定義されています。
参考:
明石市
明石市の仕様書は、制作会社が提案しやすいよう「情報の整理」と「役割分担」が非常にスマートにまとめられています。
【ポイント】
- UX(ユーザー体験)の重視: 「こども」や「やさしい日本語」への対応など、特定のターゲットを意識した情報設計(IA)の要件が際立っています。
- 責任分界点の可視化: データの移行作業、原稿作成、写真撮影など、自治体と制作会社のどちらが担当するかが明確であり、見積もりのブレを防ぐ工夫がなされています。
- 直感的な構成: 専門用語を整理しつつ、目的(何のためにリニューアルするか)を冒頭で強調しているため、制作意図が制作会社に伝わりやすい構成です。
参考:
まとめ
仕様書は単なる発注のための文書ではなく、公金の適正使用を証明し、プロジェクトの成否を左右する重要な基盤文書です。
現状課題の洗い出し、他自治体の事例調査、RFIの活用といったステップを踏むことで、より実効性の高い仕様書が完成します。
公正な入札環境の整備、トラブル防止、そして公共インフラとしての品質担保、これらを実現するには、事業概要、機能要件、技術要件、アクセシビリティ、保守運用の5つの柱を軸に、詳細かつ明確な仕様書を作成することが不可欠です。
また、仕様書の完成度は、集まる提案の質を決定します。リニューアルの先にある具体的なゴールを共有し、責任分界点を明確にし、庁内の意思決定フローを開示することで、制作会社から戦略的で現実的な提案を引き出すことができるでしょう。